2017年 浄化の年

 

 

2017年

好きなものだけに囲まれる。
心地よいものに触れて選ぶ。
落ち着く場所を感じ取る。

を意識して...

 

 

 

なんかいい感じがする… と
五感で感じた感覚たちが、
「言葉」という形になる前に、私たちは
すで何かに吸い寄せられています。

 

 

 

そう、こうしている今も。

 

 

 

理由を説明してと言われても、
なかなかピッタリの言葉が浮かばない、
何となくの感覚という領域。

 

 

 

そんなサロンになった気がする。
と思うのは、こんな理由から。。↓

 

 

 

人が大人になるにつれて、自然と身についていくものの中に
「価値観」「思い込み」があります。

 

 

 

様々な経験をすることによって、
自分の中で 「良い・悪い」「スキ・キライ」の
物差しのようものがちびちび出来上がる。

 

 

 

それはもう少しずつ少しずつ形成されるものだから
自分ではどんな風になっているのかは
わからなくなっています。

 

 

 

どこかで、
「誰々のためだから」
「認められたいから」
「こうあるべきだから」

 

 

 

という物差しみたいなもの。

 

 

 

「誰々が喜ぶから」という思いから
生まれた願望は、自分の願望とイコールではないし、

 

 

 

「こうあるべきだから」も、
自分のスキを形にしたものではありません。

 

 

 

だけれども、
この「価値観」「思い込み」というものは
ソフトコンタクレンズみたいに
自然とピタッとくっついているから、

 

 

 

なかなか外そうと思えないというか、
あることに気がつけないという感じ。

 

 

 

自分の純粋な思いが、
そのまま現実世界に現れていないから、
それはどこか歪というか、
命が吹き込まれていない。

 

 

 

熱がまっすぐ届いていない、と
感じるのは何故だろう… と
思い始めたのが、28歳くらいから。

 

 

 

18歳から26歳までの8年間を
ほとんど海外で過ごしてきた私は、
帰国してから2年間で、バグり始めます。

 

 

 

正しい・正しくない。
合ってる・合ってない。

 

 

 

という判断回路が必ずどこかに入ってくる。

 

 

 

そうすれば日本で生きていけるから、
という「思い込み」が生まれたのだと思います。

 

 

 

ホントハコウシタイヨー。

 

 

 

という声の上にふたをするように
正しいことや、合っていると思われることをするから、
素直な思い、おかしいと思うこと、
言いたいと思うことを表現しないわけです。

 

 

 

それが続くと、
それが当たり前になって、
習慣になって、それが運命となる。

 

 

 

あーこわ。

 

 

 

純粋な願望を表現しないわけだから
思いの便秘もいいとこです。

 

 

 

それに気がつけたのは、本当に最近なんだけれど
少しずつ「正しい・正しくない。」「合ってる・合ってない。」
という回路が細くなってきました。

 

 

 

そうなったのは、
自分で触って心地よいと感じたものや、
自分の目で見て素敵だなとうっとりするものや、
自分で香って、ため息が出るようなものだけを
自分の世界に入れるようにしたから。

 

 

 

5感が喜び、プラス、第6感までもが満たされるもので
私を囲もうとし始めてから、です。

 

 

 

「思い込み」を手放す。
「誰かのため」という自分と離れた願望を手放すわけだから、
これは、大切な浄化の一つです。

 

 

 

2017年は浄化の年になっていきます。
一緒に浄活していきましょ。

 

[ 2017年 浄化の年 ]魂のこと2017/01/13 19:33