「慣れ」が人生をブスにする

 

 

何が怖いって「慣れ」なのよ、と
幽霊(死んだ人間より)より生きてる人間の方がよっぽど怖い。

 

が高校の頃の私の口癖。

 

なんてませたガキでしょうか、恐ろしい。
でも… あながち外れてもないなとも思います… がいかがでしょうか。

 

 

今年に入って、すでに1週間が過ぎました。
不思議なことに「新年」という言葉は、

これまでを一切新たにしてしまうような響きを持ちます。

 

 

昨日の続きであることは確かなのに新鮮であり、
人は、心に新しい種を蒔き、新しい幕開けを望みます。

 

 

しかし、新しい幕開けは、
「新しい種=これまでとは違う何か」
を撒かなければ、叶わないもの。

 

 

新しい種と言っても、いきなり全く違う種類の種を
撒くと、それを育て、育て続けるためのエネルギーが
ある時点から急に大量に必要となったりして、

 

 

結局苗まで育ったけど、枯れちゃうケースというのが
多々あります。

 

 

大きく変わりたい。
今年こそは!という野望はは掲げるけれど、
3月..4月..暖かくなってきた頃には、そんなこともあったっけ?
と、見事に過去になっていきます。

 

 

地道最強説。
やっぱり小さな変化や、小さな新しいもの
を育て続けることが近道。 (皆、気がついているはず。ただ、続けられてないだけなんだよね。) 

 

 

残念ですが、
ドラマティックな幕開けは、いきなり現れてはくれません。

 

 

が!

 

 

ドラマティックに現れたかのように、現れることもある。

 

 

(なんだそれ?)

 

 

 

大きな変化もできなくて、
小さな変化も育てられない私に、
ある日それは起きました。

 

 

毎回、とても不思議な感覚で、糸でスゥ〜っと引き寄せられるというか、
「もう決まっていたんだな」と感じること。

 

 

上の人たちが、ごにょごにょ会議して、
チェスのようにピー、ピーって交通整理してるみたいな。

 

 

私は駒なんだ。 と本気で思う。

 

 

感覚としては、
いつもなんとなく諦めたような、
丸投げしたような心境になった時に、それは起きる。

 

 

「慣れ」に恐怖を抱いている私は、
要所要所で、破壊と再生を繰り返す性質があって、
ん〜、破壊できない、エィ!てなった時とか。

 

 

半分自暴自棄の状態の時。

 

 

分析してみたら、
自分という我から離れた時に起こるということが
わかりました。

 

 

なぜ、「慣れ」が人生をブスにするかというと、
慣れは、破壊も再生も創造も生産もしないから。

 

 

 

言い換えれば、自分の「慣れ」を見つけられれば、
それが何か新しいものを生むヒントになりうるということですね。

 

 

自分の「慣れ」が人生をブス色に染める前に、慣れを発見しましょう。
小さな慣れの発見の仕方はこちらの記事にあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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[ 「慣れ」が人生をブスにする ]日々の意識,魂のこと2017/01/09 20:25