広い選択肢

前回の記事は、とても反響があり、
子供には柔軟さや
素直さ、
また大人の世界よりシンプルな残酷さが含まれている

との声をいただきました。

 

 

 

 

 

本当にその通りだと思ったのは、
大人の世界よりシンプルな残酷さ    
である。

 

 

シンプルな残酷さはより動物的であり、
複雑ではないことにより、
捉え方もシンプルで、解決も単純。

 

 

いつから、大人は複雑に考えるようになり、
自分を苦しめるような捉え方をしたり、
より難しく解決しようとするようになったのか。

 

 

こうしたら、どう思われるか?
これを言ったら、嫌われるか?
間違えたら、ハズカシイ….

 

 

 

私たち...自意識過剰なのよね。

 

 

 

周りにどう思われるかなんて、どうでもいい。
意識を向けるのはそこではない。

 

 

先日、姪に会いに行った時のこと。

 

 

ランチを終えて、大人たちは食後のコーヒーと
大人の会話を楽しんでいた。

 

 

 

「ねぇねぇ、こっち来て遊ぼうよぉ。」
と、お人形さんと、お人形さんのお家を広げて
誘ってくる姪。

 

 

 

「うん、今ねぇ、なおちゃんはコーヒー飲んでるから。」
(基本、姪を教育しようなんて思ってない私。
姪は姪、私は私の時間を楽しもうとしている。これは如何なものか。)

 

 

 

このやりとりを、3回ほど繰り返した後、
彼女は私たち大人の空間へ慢心の笑みでやってきた。

 

 

「これ、みんなでやろー!」
先ほどのお人形とはまったく違うゲームを両腕に抱え、
ストンと私の隣に座り込む。

 

 

一瞬にして、二つの輪が一つになる瞬間を感じた。

 

 

彼女が持ってきたゲームは、
お人形さんでもなく、塗り絵でもなく、
全員参加型のハラハラドキドキゲーム。

 

 

完璧なチョイスと、完璧スマイルに
私たちは彼女よりも楽しんだかもしれない。

 

 

まだ5歳、もう5歳。
彼女の楽しむことをあきらめない精神と、
さらっとした感覚に私は毎回脱帽である。

 

 

お人形さんを使って楽しむのか、
違うゲームでもなんでもいいから 楽しみたい
という意識にフォーカスした、というところ。
私たち大人も十分に活用すべきだと思う。

 

 

 

どう思われるか、
何をしたか、何を言ったかよりも、
そのあと周りをどう巻き込んでいったかどうか。

 

 

 

ここに意識を向けてみると、
きっと違った世界に繋がるはず。

 

 

 

 

 

 

 

[ 広い選択肢 ]MyMeiRin,日々の意識, 2017/02/12 13:35